スペシャルなお見合い結婚

ニューヨークからフロリダへ向かう船は一ヵ月先まで予約で一杯だし、南へ向かう急行列車「サザン・エクスプレス」は未来の投資家を夢見る人々でむせ返っていた。
マイアミ・ビーチも最初はマングローブの生えたただの広い湿地にすぎなかった。 腕ききの開発業者がマングローブを切り払い、上質の砂を一・五メートルの厚さに敷きつめて、ちょうどよい位置に島を造り、雰囲気のあるホテルを建てて、四○○○万ドルの価値のある土地に仕立て上げた。
またマイアミからそう遠くないコーラル・ゲイブルズ市には一九二五年、地中海風の漁酒な家が二○○○軒も建てられた。 さらに二六階建ての豪華なビルトモアホテルや銀行、一八ホールのゴルフコースなども造られ、活気あふれるビジネスセンターに変容した。
運河にはゴンドラが浮かべられ、ベニス的風景が演出された。 フロリダが繁栄を約束された土地としての名声を高めると、悪徳デベロッパーたちが活躍の好機をつかんだ。
一九二五年夏から秋にかけて、マイアミ市全体が一つの熱狂的な土地取引所と化した。 当時のデータによれば、マイアミの人口は一九二○年には三万人だったものが、一九二五年には七万五○○○人にまで膨張していた。
そのうち二万五○○○人が不動産屋だったといわれている。 誰々がこれだけポロ儲けしたという話が、投機の火に油を注いだ。

ある貧しい未亡人が一八九六年に二五ドルで買ったマイアミ郊外の小さな土地が、一九二五年には一○万ドルで売れたという。 またあるボストンの事業家がブームの前に一五万ドルで買った海岸沿いの一区画が一九二三年には五○万ドルで売れたが、次の年にはそれがデベロッパーの手で細かく区切られて合計で一二○万ドルで転売された。
さらにブームのピークの一九二五年には三○○万ドルという途方もない値段で取引された。 こうしてブームは過熱していった。
投機は簡単だった。 土地価格の一部(一○%)を小切手で支払えば、仮契約することができた。
これはデベロッパーが考え出した巧妙な手口の一つだった。 大規模なプロジェクトの場合、債券なるものを大衆に売って資金集めができるブームは一九二五年の暑い夏にピークを迎え、マイアミは繁栄の絶頂にあった。
マイアミ市民のほとんどがブームはあと四、五年は続くと予想していた。 新しい鉄道の事業計画会社の社長などは、一○年後にはマイアミの人口は一○ハリケーンが引き金をひいた地価崩壊のだ。
これは同時に債券の買い手にしてみれば、一○%の頭金を払うだけで儲けの分け前を保証されたも同じようなものだ(これはバブル期に日本でも行なわれた、ワンルーム・マンションやゴルフ会員権の資金集めの手口とよく似ている)。 この仮契約書が次から次へと転売され、値を吊り上げていったのだ。
つまり、最初の購入者は売り出し価格の二五%である額面価額の支払日が来る前に転売してしまえばすべてがうまくいくわけだ。 一○人のうち九人までは、利ザヤを儲けて転売する目的だけで、土地の仮契約書(債券)を買ったのだ。
だから土地そのものはどうでもよかった。 一九二六年の新年早々には、発展のペースは一層加速されるような雰囲気さえあった。

しかし春になると、価格を押し上げる最終の買い手が減り出した。 それでも人々は「一時的には土地の値段は下がっても必ず回復する」と信じていた。
だが、フロリダへ押し寄せる鉄道旅客の数は半分に減っていた。 目ざとい連中は手持ちの仮契約書をなんとか売り抜けようとした。
まさにトランプのババ抜きのようなものだった。 もはや土地価格の暴落が必至となった時、「神の審判」が下った。
一九二六年九月一八日早朝、巨大なハリケーンがブームの中心地マイアミを直撃したのだ。 津波と化した海水がベニス風の家々に襲いかかり、ヨットが大波に翻弄されてマイアミの大通りまで打ち上げられ、熱帯の木々や建築材料、自動車が宙に舞い上げられ、「漁酒」な家々に激突した。
すさまじい暴風雨のために四○○人が死に、六○○○人以上がケガを負い、五万人もの人々が家を失った。 ハリケーンでメチャクチャになったマイアミを不動産価格の暴落が襲った。
値段が下がったというよりも、もはやフロリダの不動産は売れなくなった。 いままで回っていた投機のメリーゴーラウンドが恐ろしい音を立てて逆回転し始めたのだ。
手付金の契約不履行が始まった。 悲惨なドミノ倒しの引き金がひかれたのだ。
パニックの中で債務不履行の長い連鎖が生まれた。 このドミノ倒しの最後に銀行がいた。
ところが、ハリケーンのために土地の暴落がフロリダ中をパニックに陥れていた一九二六年一○月になっても、ウォールストリート・ジャーナル紙はフロリダの土地ブームは続くと主張していた。 この下落はちょっとした「一時的現象」だと解説されていた。
それを鵜呑みにしてフロリダの土地にひと山張った人々は全財産を失った。 最終的にフロリダの住宅価格はピーク時の九○%近く下落した。

地域によっては、どんな値を付けても売れなかった。 この暴落のためにフロリダ経済も崩壊の一途をたどった。
マイアミ市の手形交換高は、不動産価格がピークとなった一九二五年には一○億ドルに達したが、ブームが去って二年がたつと四分の一にまで激減し、一九二八年にはさらにその半分にまで減少してしまった。 世界はこれまでに、かくもすさまじいバブルの膨張と崩壊を繰り返してきたのだ。
バブルに陥った国には、共通するいくつかの法則性が見られる。 一つは、誰もが永遠に上がると思い込んだ時にはほとんどが崩壊前夜のバブルピークであるということ。
もう一つは、たとえば五年以内という短期間のうちに価格が三倍以上になった時が非常に危ないということである。 では、これらのバブル崩壊により、投機対象の価格がどのくらい下落し、相場が回復するまでにどのくらいの時間を要したのか整理してみよう。
ロリダ中で銀行が破産し、一九二八年にはマイアミはゴースト・タウンのような有り様となった。 マイアミを含む二五以上のフロリダの市当局自体が破産しかけていた。

結局、フロリダの不動産価格が一九二五年のピークの水準に戻るには四○年がかかった。 四○年はヒトの人生にとっては永遠に近い歳月だ。
まず、チューリップ暴落。 これは投機対象がチューリップの球根だったということもあり価格の下落は全体で一四分の一と大きかった。
南海バブル事件では相場は六分の一に下落した。 前回の大恐慌の原因となった一九二九年のニューヨーク株式市場の暴落が八分の一・つまり、歴史的バブル崩壊が起きると、相場はだいたい六分の一から一四分の一に下落しているのである。
九○年代の日本のバブル崩壊もほぼその範囲に収まる。 株は日経平均で見ると、八九年二一月の二一万八九一五円から二○○三年四月の七六○二一円まで五分の一以下に下落している。
また、不動産は下落幅にばらつきがあるが、都心のペンシルビルなどでは一○分の一くらいまで下落した。 相場が回復するまでの時間はどうか。
チューリップ暴落では相場が回復するのに三○年かかっている。 南海バブル事件でも一○年以上。
ニューヨーク株暴落では、経済全体としては一○年ほどで落ち着きを取り戻したものの、ダウが暴落前の高値を回復するのには二○年以上かかっている。


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